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プラーグの大学生
Der Student von Prag
    1913年、ドイツ 
 監督   シュテファン・ライ 
撮影   グイド・ゼーバー 
 プロダクション・デザイン *   ロバート・A・ディートリッヒ、クラウス・リヒター 
    約59分 ** 
画面比:横×縦    1.33:1 
    モノクロ、サイレント *** 

VHS
* [ IMDb ]による。 フィヌオラ・ハリガン、石渡均訳、『映画美術から学ぶ「世界」のつくり方 プロダクションデザインという仕事』、2015、p.146 にあるように(p.9 も参照)、〈プロダクション・デザイナー〉の語が、『風と共に去りぬ』(1939、監督:ヴィクター・フレミング)におけるウィリアム・キャメロン・メンジースの仕事に対し、プロデューサーのデヴィッド・O・セルズニックによって冠せられたのだとすると、それ以前に製作された映画の部署にこの語を当てるのは、留保が必要かもしれませんが、本サイトではとりあえず[ IMDb ]に合わせておきます。他の作品でも同様。
** [ IMDb ]によると、41分、1時間15分、1時間25分などのヴァージョンがあるようです。下に載せた静止画像は You Tube 掲載の約1時間22分版(約1分強の前置き込み)から伐りだしたもので、画像タイトルに記したのはその版での時間です。

*** [ IMDb ]によると、カラー版があるようです。
………………………

 ハンス・ハインツ・エーヴェルスが脚本を担当した物語は、ポーの「ウィリアム・ウィルソン」(1839)にほぼ準じたものです。後に『巨人ゴーレム』(1920)を監督・出演したパウル・ヴェゲナーが制作・主演をつとめています。プラハなどでロケしていて、野外場面がけっこう多い。古城は登場しませんし、話運びも現在見るといささか辛いものがありますが、それでも印象的な場面をいくつか見出すことができました。

 この映画には、前景の主要な人物と、そこから距離を置いた中景ないし後景の人物を対比させるという構図が何度か見受けられます。冒頭の主人公が手前の椅子に憂鬱そうに腰掛けた背後で、主人公を慕う娘と周りの連中が騒ぐ場面がその典型でしょう。前景の人物は背後の動きに気づいておらず、逆に時として、背後の人物が前景の人物の様子をうかがっていたりします。

 室内の場面はセットによるものですが、いくつか登場する中で、折れ曲がる階段を奥に控えた社交場とともに、主人公が最初に暮らしている部屋が、簡素なだけにかえってくっきりした感触を残します(後にもっといい部屋に越したようです)。半円アーチの壁龕に戸口があって、その右には窓、そしてさらに右に大きな鏡が壁にはめこまれています。鏡には寝台が映っている。画面左上には斜めに梁が走り、手前にはテーブルと椅子がある。この鏡に映る像が分身として自立してしまうわけです。また後の場面で令嬢の部屋に出てくる上部が半円形で可動型の、しかしやはり大きな鏡と対比させてもあるのでしょう。
『プラーグの大学生』 1913 約23分:自室、鏡像 『プラーグの大学生』 1913 約28分:社交場
 戸外の場面ではまず、社交場から出たところにある柱廊が正面から捉えられて、深い奥行きを示すさまが印象的でした。右には柱が並んで庭をのぞかせ、床にはアーケードの影が落ちている。左の壁にある戸口から主人公と令嬢が出てきて、奥から手前へと移動する追補:→「怪奇城の廊下」の頁でも触れました)。それをカメラは僅かに右へパンして追います。この映画ではカメラは原則として固定されているのですが、他方しばしば奥から手前へ、手前から奥へと人物が動く時、首を少しだけ左右に振っていました。 『プラーグの大学生』 1913 約30分:社交場から出たところの柱廊
 続いていささか唐突に、主人公を慕う娘の行動が描かれるのですが、ここが見せ場の一つとなっています。いずれも屋外で、まずはかなり長い階段を上っていく娘の背中が映ります。階段の右手は茂みになっているのですが、少し柱廊がのぞいている。  『プラーグの大学生』 1913 約31分:階段を駈けあがる娘
 カットが変わると、娘は何か、控え壁のような石造の斜面を這いあがっていきます。その姿をカメラは左へパンして追う。やはり茂みに囲まれており、アーチと柱が右上にのぞいています。  『プラーグの大学生』 1913 約28分:控え壁をよじ登る娘
 その次には何と、壁をよじ登っていくのでした。よじ登った先は主人公と令嬢がいる柱廊で、前景の二人は中景の娘に気づかない。
 ともあれこの娘の行動は、物語の本筋からすれば過剰なまでにたどられており、終始受け身の令嬢と対照的です。中盤で退場してしまうのが残念なほどでした。いささか深読みすれば、娘と令嬢もまた互いに分身の関係にあると見なせるかもしれません。
 
 とはいえ今度は令嬢の番です。屋敷の前で娘に警告された後、画面いっぱいを占める短い階段を下ります。この屋外の階段も実在するものなのでしょう。狭いだけにかえって、存在感を発していました。  『プラーグの大学生』 1913 約42分:階段を降りる令嬢
 次いで狭い路地を令嬢が進んできます。地面は石畳で、右側には家並みが並ぶ。左手前に建物の陰に娘が潜んでいます。ここでも奥行きが強調された中、奥から手前へと人物が移動します。 
『プラーグの大学生』 1913 約44分:階段を降りて左へ向かう令嬢 『プラーグの大学生』 1913 約44分:路地を進む令嬢とひそかに待つ娘
 目的地は主人公と逢い引きの約束をした墓地でした。手前に主人公が待ち、奥から令嬢がやって来ます。
 またこの墓地の場面では、分身が現われるとそれを追って主人公がいったん墓石の裏に姿を消し、すぐに反対側から出てくるというところがあります。このパターンは木の陰や令嬢の部屋の鏡でもくりかえされました。何か意味でもあるのでしょうか。


 分身の罠にはめられた主人公がカード賭博に興じる場面では、まわりを真っ暗にしたカラヴァッジョ風の照明を見ることができます。何人もいたまわりの連中は姿を消していき、最後に二人だけになったかと思えば、もう一人は分身と交替し、二人がテーブルをはさんで真横から捉えられます。セザンヌの構図が連想されるところです。最後は主人公も闇に消えるのでした。 
『プラーグの大学生』 1913 約1時間1分:カード賭博 『プラーグの大学生』 1913 約1時間2分:カード賭博、主人公と分身
 次いで第二の山場、令嬢の部屋を飛びだした主人公が分身から懸命に逃れようとする一連の場面です。まずはかしゃかしゃと曲がる街路を、奥から主人公は手前に走ってきます。また別の街路が映り、やはり主人公は奥から逃げてくるのですが、左手前に暗色の扉が開け放たれており、その陰に分身が出現するのでした。 
『プラーグの大学生』 1913 約1時間11分:逃げ惑う主人公 『プラーグの大学生』 1913 約1時間11分:逃げ惑う主人公
 この後、橋のたもとなのでしょうか、大きなアーチが左上から右下へとのび、その下を長い階段がほぼ正面から捉えられます。一番奥、アーチの下に小さく主人公が現われ、必死で階段を下りてきます。この構図はとてもかっこうがよろしい。  『プラーグの大学生』 1913 約1時間11分:橋、逃げ惑う主人公
 さらに遠景にプラハの街がひろがる高台を経て、林の中で馬車をつかまえ、馬車の動きが2つのカットでたどられるのでした。  
 ことほどさように、この映画では屋外の移動場面に印象的な構図が多いのですが、終幕は主人公の部屋に戻ります。そこでも建物に入って、長くはない煉瓦の階段を上るのですが、左は垂直の壁で切られ、右は暗い影の大きな面になっているという、簡素なだけに印象的な空間を通過します。 『プラーグの大学生』 1913 約1時間14分:自室へあがる階段
 そして部屋にもどれば、カーテンと椅子の背は白く反射し、その他は暗く沈む中、カメラは広くはない部屋を多少左右に動きつつ、最後の顛末を物語るのでした。
  
Cf., 

クラカウアー、『カリガリからヒトラーへ ドイツ映画 1918-1933 における集団心理の構造分析』、1970/1995、pp.30-33

Jonathan Rigby, Euro Gothic: Classics of Continental Horror Cinema, 2016, p.14

H.H.エーヴェルス、前川道介訳、『プラークの大学生』(創元推理文庫 537-1)、東京創元社、1985
原著は
Hanns Heinz Ewers, Der Student von Prag, 1930

 映画の原作ではなく、映画を小説化したもの。エーヴェルスは序文で「ひとつの芸術ジャンルから、ほかの芸術ジャンルへ移し変える試み…(中略)…このような吹きかえは認めがたいことである」(p.6)と述べており、小説の著者はドクトル・ラングハインリヒ・アントスとなっています。ただ訳者解説によるとアントスについては
「生没年は不明である。…(中略)…まさか本人の筆名ではないと思われるが…(中略)…彼の文体の特徴を実によく捉えており…(後略)…」
とのこと(p.209)。
 ともあれエーヴェルスの序文と訳者による「エーヴェルスと映画」は映画版についても詳しく記しています。また本文中には、1913年の映画と1926年の再製作版からのスティールが挿図として掲載されています。

 「エーヴェルスと映画」にはさらに、構想の典拠と思われるものがいくつか挙げられていますが(pp.202-203)、その内、上でも触れたポーの短篇の邦訳は;


中野好夫訳、「ウィリアム・ウィルソン」、『ポオ全集 1』、東京創元新社、1970、pp.492-516
原著は
Edgar Allan Poe, "William Wilsosn", 1839

 こちらは
世にも怪奇な物語』(1968)中の第2話
 としてルイ・マル監督で映画化されています。


 原作の「ウィリアム・ウィルソン」について;

柏木博、『探偵小説の室内』、2011、pp.67-84:「自我消失の恐怖とドッペルゲンガー ポオ『ウイリアム・ウイルソン』」

 →そちらでも挙げています:『カリガリ博士』の頁の「Cf.」

 なおポーについては→「viii. エドガー・アラン・ポー(1809-1849)など」(<「ロマン主義、近代など(18世紀末~19世紀)」<「宇宙論の歴史、孫引きガイド」)も参照
 
 2014/09/17 以後、随時修正・追補
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