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透明光線
The Invisible Ray
    1936年、USA 
 監督   ランバート・ヒリヤー 
撮影   ジョージ・ロビンスン 
編集   バーナード・W・バートン 
 美術   アルバート・S・ダゴスティーノ 
    約1時間20分 
画面比:横×縦    1.37:1 
    モノクロ 

DVD(『アメリカン・ホラー・フィルム・ベスト・コレクション vol.3』(→こちらを参照)より)
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 『透明人間』(1933、監督:ジェイムズ・ホエイル)にあやかったと思しいタイトルからもうかがえるように、本作はSFの範疇に含まれるべき作品ですが、なぜか序盤の舞台はカルパティアの山中にある古城です。カルパティアといいトランシルヴァニアといい、西欧の人間にとってどんなイメージなのか気になるところではありますが、『夜の悪魔』(1943)のところで触れたように、ある種のジャンルに馴染みのある日本人にしてからが、他人についてとやかく云々する資格などないのでしょう。
 とまれ本作でのSF的主題は、H.G.ウェルズに由来する人間の不可視化とは違って、遙か昔に飛来した隕石のかけらが及ぼす影響というものです。この点では下掲の北島明弘『世界SF映画前史』(2006)にも記されているように、本作で主演をつとめたボリス・カーロフが後に出演する『襲い狂う呪い』(1965)に通じています。見ようによっては『襲い来る呪い』以上に、その原作のラヴクラフトないしクトゥルー神話的なものを読みこめなくもない。もっともマッド・サイエンティストの悲劇という点では、『透明人間』を受け継いでいるのでしょう。


 『黒猫』(1934)、『大鴉』(1935)に続いてユニヴァーサルが製作したボリス・カーロフとベラ・ルゴシの競演作で、監督は同じ年に『女ドラキュラ』(1936)が公開されるランバート・ヒリヤーです([ IMDb ]によると本作が'36年1月20日USA公開、『女ドラキュラ』が同年5月11日公開とのこと)。撮影のジョージ・ロビンソン、美術のアルバート・S・ダゴスティーノも両作で共通しています。

 物語は三つの舞台で展開されます。序盤が先に触れたカルパティアの古城、約17分から44分までがアフリカの奥地、いったんカルパティア山中に戻って後、約47分以降がパリとなる。カルパティアの古城のセットがなかなか素敵なのに加えて、第3部のパリにも面白がれる空間が出てきます。手短かにとりあげることといたしましょう。
 開幕早々、城の外観です。夜で、雷鳴が轟いている。左寄りに二本の塔が聳え、その間および左右に本棟が建っています。左の塔は尖り屋根、右の塔はドーム状になっている。二本の塔の間では、窓が右上がりに段をなして三つ上方で灯りを漏らしています。左の塔の左は奥にさがり、さらに左は低くなっている。右の塔の右は少し壁が伸び、鋸歯型胸壁を走らせている。右の棟のさらに右、少し間をあけてもう一基塔があります。下ひろがりの部分の上に円塔がのり、やはり観測用ドームと思しき部分をいただいている。塔の右側に丸窓が開く。この塔と右の棟の奥にも窓のある棟が控えているようです。  『透明光線』 1936、約1分:城、外観
 壁の前の燭台に男が火を点している。左の壁に影が落ちています。男は振り向いて右へ進み、カメラはそれを追いますが、男の姿が画面右に抜ける一方、カメラはそのまま奥へ前進する。幅広アーチの向こうに暖炉のある空間があり、右手に大きな窓があります。その前で女性が窓の方を見ている。暖炉の左手の椅子に老婆が腰かけており、窓の前の女性はダイアナ(フランセス・ドレイク)、老婆はその義母(ヴァイオレット・ケンブル・クーパー)でした。老婆の前の床では犬が寝そべっています。老婆の息子でダイアナの夫であるヤノシュを訪ねて英国の調査隊がやって来るとのことです。
 窓の斜め格子越しに、谷をはさんで道が曲がりくねっています。向こうは山並みです。母はアンドロメダの光線を始めて捉えた夜も嵐だったといいます。ダイアナの父はヤノシュの助手だった。母はレンズをのぞいて失明しました。宇宙には解き明かせない謎があるといいつつ、片方では、息子を詐欺師呼ばわりした誰もヤノシュには敵わないと、母の心中には相反するヴェクトルが共存しているようです。
 
 窓越しに車が近づいてくるのを認めたダイアナは、夫を呼ぶため奥から手前左へ進みます。カメラは後退する。
 扉から外へ出ると、屋外に開けた歩廊が左右に伸びています。1段上って左へ、少し進んでまた1段上がり、また少しおいて1段上がる。カメラは平行して横に動く。歩廊の向こう側は欄干の上に2本ずつ組になった円柱が並び、その向こうは屋外でした。左端に扉があります。扉の奥へは少し石壁が伸びている。
 
『透明光線』 1936、約4分:屋内から歩廊へ
 扉から入ると、中はかなり大きな多角形の吹抜が引きで映されます。上はドームになっている。各角で円柱が支え、画面手前にも2本並んでいます。その向こうをダイアナは右から左へ進む。中央には何やら装置が設置されています。右奥には上への湾曲階段がめぐっており、その上に丸窓が設けてあります。この空間は続く『女ドラキュラ』に登場するものと同じセットではないかと思われます。ダイアナは左で奥へ2~3段おり、柱越しになって左に向かう。  『透明光線』 1936、約4分:実験室のドーム~『女ドラキュラ』の空間
 扉から入ります。また円形ドームをいただく大きな吹抜空間が引きで映されます。こちらのドームは少し迫りだした格子で分割されている。ドームの右上は開いており、そこをのぞくべく、やはり中央に右上がりの大きな望遠鏡が据えられています。望遠鏡の周囲は手すりで囲われている。やはり画面手前に円柱が2本配されています。  『透明光線』 1936、約4分:望遠鏡のドーム
 ドームを擁した二つの空間は、冒頭で登場した城外観におけるドームをいただく二つの塔に対応しているのでしょう。もっとも画面に映されただけでは、外観における塔の高さやドーム塔間の距離と、屋内の様子は一致していないようにもとれます(追補:→「怪奇城の肖像(後篇)」の頁、また「怪奇城の高い所(後篇) - 塔など」の頁でも触れました)。
 さて、望遠鏡の下でで観測していたのがヤノシュ(ボリス・カーロフ)でした。もじゃもじゃ頭で口ひげを生やしています。

 玄関は3重になった半円アーチの奥にあります。4段ほど下りて地面となる。玄関前に車が到着します。
 
 画面右の扉から一行が入ってくる。すぐ先の画面手前に太い円柱があり、その下から右上へ階段の手すりがあがっていく。カメラは右から左へ動き、少し進めば3段ほどの下り階段です。その上で左に手すりが奥の壁まで伸びています。階段をおりた先は前に出てきた暖炉の間でした。一行は元気のいいスティーヴンス夫人(ビューラ・ボンディ)と夫のスティーヴンス卿(ウォルター・キングスフォード)、二人の甥ロナルド(フランク・ロートン)、そしてベネ博士(ベラ・ルゴシ)の四人です。一行が広間までおりてくると先にちらりと見えた上階への階段がはっきり映ります。ここをヤノシュがおりてくる。  『透明光線』 1936、約6分:玄関
 一服した後、望遠鏡の間に移ります。望遠鏡はアンドロメダに照準が合わせてある。アンドロメダからの光を捉え、壁に投影する、光に刻まれた記録を再生するとヤノシュはいうのです。なおこの部屋でも、扉の奥に上への湾曲階段があることがわかります。その手前の壁は隠し戸棚になっており、開くと電極付きの装置が配されているのでした。火花を飛ばします。  
 望遠鏡室の手前のドーム室に移ります。中央の装置は周囲より高くなったところに設置され、望遠鏡同様まわりを手すりが囲っている。低くなった部分から壁際になると、また高くなります。背後は書棚で埋まっている。一行はここに並べた椅子につきます。その前には大きなガラス板がはさまれ、その縦の分割線が見える。このガラスは危険な光線を通さないという。なおこの部屋の奥の湾曲階段は、下が宙空になっていることがわかります。ヤノシュは防護服に包まれて装置を操作します。 『透明光線』 1936、約11分:実験装置
『透明光線』 1936、約12分:実験開始 『透明光線』 1936、約12分:実験装置と立会、俯瞰
 中央の装置から天井のドームに投影されるのは、まずは地球に近い月を経て、土星、オリオン座と手前から奥へ消えていき、アンドロメダに至るのでした。ヤノシュは以前スティーヴンス卿に、隕石の話をしたことがあるという。それはラジウムより強い力を宿し、アフリカ奥地に落ちた。その証拠をお見せしようと、自転する地球が大きく映され、そこに隕石が飛来、アフリカの南の方に落下するのでした。スティーヴンス卿はペテンだといいますが、ベネは真実だと認める。
 日本語字幕によればロナルドにヤノシュは、隕石が落ちたのは数10億年前のことだ、すべては自然の中に記録されている、今までに鳴った音は、今もどこかで鳴り続けていると語るのでした。実に壮大です。ここからクトゥルー神話的な〈年代記〉のモティーフに展開することもできそうですが、話はしかし、隕石が宿す力に焦点を移すことになります。
 

 居間に戻って一服、ベネはヤノシュに自分たちのアフリカ調査隊に参加する気はないかと尋ねます。ヤノシュは大喜びですが、母はここに残れ、お前は人付き合いができない、研究だけが友だちなのだと引き留めるのでした。母の警告は後にもう1度繰り返されることでしょう。

 約17分、『地球の科学 World Science 』なる雑誌の誌面が大写しになります。ベネ調査隊が報道されている。調査隊の目的はラジウムX,ベネは化学者、またヤノシュ・ルーク博士は単独で捜索しているとのことでした。なお本作では、新聞の紙面が状況を伝えるために挿入されるカットが区切りとしてこれ以後も何度か出てきます。
 ここからしばらくアフリカのどこかが舞台となります。黒人俳優たちが演じる現地の住民に対する描き方に敬意のあまり感じられない点は、今となってはいささか辛いところでしょう。スティーヴンス卿は帰りたいとぼやくばかり、対するにスティーヴンス夫人は気っぷのいいところを見せてくれます。ベネは人間は宇宙の一部だ、太陽は人間の母だ、すべては結びついていると感慨深げです。夫に放っておかれたダイアナと彼女に同情するロナルドは微妙な関係にあります。
 ヤノシュは隕石の破片を発見、それを自作の装置に装着して岩に向けると、岩は溶け出すのでした。しかし発見と引き替えに、奇妙な症状を発することになる。暗がりではからだが発光し、寄ってきた犬の頭を撫でると犬は死んでしまいます。
 
そのためテントまでやって来たダイアナと話す際には、テントが仕切りとなり、二人それぞれのショットが切り返されるのですが、テント内のヤノシュが映ると、テントの外のダイアナはただ影としてのみ現われるのでした。  『透明光線』 1936、約33分:テント越しの二人
 ヤノシュはベネに症状を打ち明け、中和剤を作ってくれと頼みます。本作ではベラ・ルゴシは終始背筋をすっきり伸ばしていますが、ボリス・カーロフはやや猫背気味のことが多い。とりわけこの場面では、ベネのからだに手を触れそうになったヤノシュが、両手を下で上げたままさっと退くさまが印象的でした。とまれベネは薬の調合に成功する。直ったのかと問うヤノシュの手をベネは黙ってとります。ここにいたるまでベネは腹に一物あるのではないかなどと半ば疑っていたのは、それを演じるのがベラ・ルゴシだからですが、ここにきてどうも本作では良い人役らしいとようやく得心しかけたりもするのでした。ただし薬は定期的に摂取しなければならず、それでも脳に副作用が出るかもしれないという。
 第2部アフリカ篇の最後で、今度はベネがヤノシュのテントを訪れます。その際奥のテントに、二人と装置の影が大きく落ちる。ヤノシュはラジウムXをまず、破壊兵器として構想している。ベネが平和利用はできないのかと問うと、抑制すれば治療に使えると答えます。


 約44分、また新聞の紙面が調査隊の帰国を報道します。
 続いて城の外観、やはり夜です。ドームへの歩廊に使用人たちが集まっている。中ではヤノシュが母の眼に光線を当てています。視力が回復する。ヤノシュは完成だという。
 明日パリへ発つというヤノシュに、止めて、悲劇が起こると母は告げます。


 約47分、第3部パリ篇です。ベネはラジウムXを医療に用いています。彼の家はたいそうな屋敷で、クライマックスの舞台ともなることでしょう。広間の階段をのぼった先に医務室があり、奥には大きなアーチ、すぐ向こうにカーテンをかけた窓があります。右奥の方にも手すりがちらっと見えますが、これは後にもう少しはっきり映るはずです。ここにヤノシュが訪ねてくる。

 スティーヴンス卿の家もお屋敷です。ダイアナは夫人の秘書になり、書斎で口述筆記しています。小間使いが数段おりて、新聞を持ってきます。ヤノシュが事故死したという。 
 ダイアナとロナルドが結婚します。ここで映る教会の表付近は、[ IMDb ]の Trivia によると『ノートルダムのせむし男』(1923、監督:ウォーレス・ワースリー、主演:ロン・チェイニー)のセットを用いたものとのことです。『狼男』(1941)に関しても同様の再使用があったらしい。ただファサードに向かって左、画面奥では長い塀だか壁が突きでており、その上のアーケードには、各アーチに聖人像が配されています。出来は芳しくはない。聖人像は全6体で、これを見てヤノシュは調査隊も6人と呟くのでした。身代わりを立てて死んだことになっている彼は、教会の見える宿に部屋をとる。  『透明光線』 1936、約54分:パリの教会
 スティーヴンス夫人とベネが居間で待っていると、奥の階段の上から悲鳴が聞こえてきます。スティーヴンス卿が変死を遂げていました。警察が来る前にベネは、卿の眼球を紫外線カメラで撮影する。映っていたのはヤノシュの姿でした。
 教会の聖人像の一つが壊されます。次いでスティーヴンス夫人も死んでしまう。新聞が「呪い
Curse 」云々と書きたてます。ベネは警官たちの前で、暗くすると夫人の首で手の跡が光ることを示す。
 また新聞紙面のアップです。像が溶けたという。


 ロナルドはヤノシュをおびき寄せることを提案します。ラジウムXの講演会をするといえばきっと来るとベネもいう。真夜中の12時に灯りを消せば、正体は一目瞭然だ。 
 ベネ邸が再度舞台となります。玄関付近から3~4段下りて広間、ピアノだの肖像画だのが見える。奥でまた3~4段あがります。ここは両脇に湾曲した欄干がついている。その先少し進めば、以前医務室として使われていた部屋の扉です。ここに入って奥では、また数段さがって勝手口となります。階段部分を以前ちらっと見えた手すりが囲んでいる。
 ここに向かったベネは、しかしちょうど入ってきたヤノシュと鉢合わせする。二人の最後の対話です。段々脳がおかしくなるのが自分でわかるというヤノシュ、人間だった頃の心は残っていないのかというベネ。ボリス・カーロフもベラ・ルゴシもがんばっています。
 
『透明光線』 1936、約1時間11分:ベネ邸、勝手口
  2階への湾曲階段にロナルドがいます。奥の壁に影が落ちている。
 来訪者がありました。ヤノシュの母です。
 12時、灯りが消されます。2階への階段をヤノシュがのぼる。あがった先では、奥にも10段ほどののぼり階段が見え、あがった奥に窓、左に短い歩廊が伸びている。この階段は後に他なる飾りではなかったことがわかるでしょう。
 
 ダイアナの部屋にヤノシュが入ってくる。しかし殺せない。  『透明光線』 1936、約1時間15分:ダイアナの部屋
でもロナルドはやると、部屋を出るとそこにいたのは母でした。お前は科学の道を踏み外したと、杖で薬のケースを叩き落とす。ヤノシュはこれでいいと、発光しながら奥の階段を駆けあがり、窓を突き破る。庇で跳ねて地面に落ちた時には燃え尽きてしまうのでした。  『透明光線』 1936、約1時間17分:2階の廊下と中3階への階段
 冒頭での宇宙からの光線に過去の記録を読みとるというヤノシュの研究が、アフリカ篇では隕石に宿る力を探ることにずれていくのは、何らかの光線の正体を突きとめようとする点でつながってはいるのでしょうが、しかしやはり、少し飛躍があるように感じられます。クトゥルー神話的ないしアーカーシャ年代記的なモティーフがそのままでは、怪人が暗躍すべき物語に接続しがたかったのでしょうか。この点は『禁断の惑星』(1956)や『バンパイアの惑星』(1965)、『火星人地球大襲撃』(1967→こちらを参照)、あるいは『2001年宇宙の旅』(1968、監督:スタンリー・キューブリック)において展開されることになるでしょう。
 ダイアナとロナルドのメロドラマが意外に添え物感がないのは、それが周りを顧みず研究に没頭するヤノシュの振舞によってもたらされた状況であり、その結果彼を追いつめるという役割をきちんと果たしているからでしょうか。他人を慮ることなくおのが研究をその帰結まで導かずにはおれず、それでいて認知されることを求めてやまない、また母親や妻を愛しながら、それでいて逆恨みに走らずにはいられないというヤノシュのような役柄を演じるのは、ボリス・カーロフの見せ場にほかなりますまい。これに対し、周りで起きる状況をよくつかみ、的確に対応するベネに扮するのが背筋を伸ばしたベラ・ルゴシですが、クライマックス直前でヤノシュと相応に対決しつつも敗れてしまった以上、決着をつけるのがロナルドや警察ではいかにも役不足の感は否めますまい。登場人物中もっとも生気をもって描かれ、かつダイアナの母代わりの位置にもあったスティーヴンス夫人は、しかしいつの間にやら死んでしまっていました。ここにおいて、ヤノシュの才能を誰よりも誇りにしながら、それが周囲と軋轢を引き起こさずにいないことも承知していたルーク夫人が再登場するのは、いかにも理に適っていたように思われます。宇宙からの光を覗くことで視力を失なったものの、深読みすればそれは、異界を見続けてきたとも見なせるでしょう。だから彼女は予言者でもあった。斯界と異界にまたがって存在していたわけです。視力を回復することでその目はまた現実界に向けられ、予言を成就するためデウス・エクス・マキナよろしく出現する。
 とまれ序盤での吹きさらしの歩廊から二つのドームにいたる古城、そしてクライマックスでのベネ邸における計5つの階段が、セットとはいえアフリカの原野を前後からはさむことで、本作品に描かれた空間群は興味深いものとなりえました。パリ篇でベネ邸もスティーヴンス邸も、当初明るい内装の屋内だったのが、終盤の消灯によって闇に浸される点もこれに与って力あったのでしょう。

 
Cf.,

北島明弘、『世界SF映画前史』、2006、p.93

Scott Allen Nollen, Boris Karloff. A Critical Account of His Screen, Stage, Radio, Television, and Recording Work, 1991, pp.142-146 : "Chapter 13. Dangerous Discovery: The Invisible Ray (1936)", pp.376-377 / no.99

Jonathan Rigby, American Gothic: Sixty Years of Horror Cinema, 2007, pp.161-163

Juan Antonio Ramírez, Architecture for the Screen. A Critical Study of Set Design in Hollywood's Golden Age, 2004, p.141
 
 2016/1/28 以後、随時修正・追補
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