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キャット・ピープル
Cat People
    1942年、USA
 監督   ジャック・トゥルヌール(ターナー) 
撮影   ニコラス・ムスラカ
編集   マーク・ロブソン 
 美術   アルバート・S・ダゴスティーノ、ウォルター・E・ケラー 
 セット装飾   A・ローランド・フィールズ、ダレル・シルヴェラ 
    約1時間13分
画面比:横×縦    1.37:1 
    モノクロ 

VHS
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 RKO ( Radio Keith Orpheum Entertainment ) でヴァル・リュートン(1904–1951)が製作した一連の作品の第1弾。古城が登場するわけではありませんが、素敵な階段は出てきます(追補:同年の『偉大なるアンバーソン家の人々』のセットを用いたとのこと。下掲 Jeremy Dyson, Bright Darkness. The Lost Art of the Supernatural Horror Film, 1997, p.107)。またこの頃の怪奇風味の映画では概して、壁などに落ちる影がしばしば強調されますが、この作品はやはりリュートン製作の『恐怖の精神病院』(1946)ともども、その最たるものといえるかもしれません。影を強調するために光源は真横に近い角度か、場合によっては下から当てられているように見えることが少なくありません。その分明暗の対比も強い。加えて本篇では、カメラが壁などに対して少しだけ斜めに構えられているようなショットが一度ならず見受けられました。もっともこれらの点は、原版となったフィルムの状態やモニターの設定に左右されるところ大でしょうし、そもそもそれを見る当方の目がいっとう信用をおけないことは言わずもがな、そうした条件のかぎりでという話ではありますが、とりあえずかっこうよかったと思われた点をいくつか記しておきましょう。

 街中にある公園だか動物園の黒豹の檻の前で出会ったヒロインと会社員は連れだって、ヒロインの住む部屋のあるアパートにやってきます。
こんな建物に入ってみたかったと会社員が言うだけあって、玄関広間から階段につながる空間はけっこう豪勢です。カメラは少し斜めになっています。階段は床に接する部分で幅が両脇にひろがっており、両端の小柱には箱状の柱頭がのっています追補:柱頭は四本の捻れ柱に支えられています→「捻れ柱 - 怪奇城の意匠より」の頁も参照)。踊り場から右に折れて、上にあがっていくのですが、踊り場の奥の壁にも手すりがあるかのように見えます。 『キャット・ピープル』 1942 約4分:アパートの階段、登り口
 部屋の前まで来ると、扉にアーチ状の窓とその桟の影が落ちています。室内に入る際も、カメラは少し斜めに映します。 『キャット・ピープル』 1942 約4分:ヒロインの部屋の前+アーチ状の窓の桟の影
おしゃべりを交わす内に日も暮れかけて、室内は薄闇に浸される。手前にランプと騎馬像、奥にカーテンのかかった窓が、逆光の暗がりの中で明暗を強く対比されています。カメラが後退すると、壁によりかかるヒロイン、次いで手前に坐る会社員が映ります。ヒロインにあたる光は横か下から当てられているかのごとくです。暖炉の前から扉の方へ進む際は、影がひときわ濃くなっています。
 部屋から出た会社員も、手すりともども扉に濃い陰を落とします。
階段をおりる会社員をヒロインが手すりから見送るのですが、その高さからすると部屋は2階ではなく3階にあるようです。 『キャット・ピープル』 1942 約8分:アパートの階段、上から 二階附近の踊り場
玄関広間では床と壁をそれぞれ、様式化された花模様が覆っています。なおこの階段は、クライマックスでも舞台を提供することになるでしょう。 『キャット・ピープル』 1942 約8分:アパートの階段と玄関広間、上から
 ところかわって会社員がつとめる造船会社の事務室。ここも再三登場することになりますが、吹き抜けで右の方は中2階とその下の空間に分かれているようです。左側では図面か何かを貼りつけるための壁があって、その左右に脚立を立て、それぞれに人がのぼって作業しています。この場面では二組の脚立と人物に加えて、その影も壁に落ちていて、一見するとどちらが実物でどちらが影か判別しがたいほど錯綜するさまに、しびれずにはいられません。指示を出すもう一人のヒロイン、アリスが右手で背を向けています。やはりカメラは少し斜めでした。 『キャット・ピープル』 1942 約9分:造船会社の事務室+図面を貼りつけた壁
 ヒロインと会社員は結婚するのですが、居間で二人が会話する際、またその後のヒロインと精神科医との会話の場面などでも、明暗の対比は強調され、またカメラはしばしば斜めになっています。会話する人物それぞれを前からとらえるカットが交互に切り換えられるのですが、それぞれのショットで影は濃い。精神科医の問診の場面では、ソファにもたれるヒロインを上から見下ろし、壁には窓の十字の桟の影が落ちているのですが、ヒロインのからだの前面にも影がかかっていました。壁の左側は暗いひろがりとなっています。
 ヒロインと医師のショットについては、後の場面で、少し奥にいるヒロインに対して、医師の顔が異様に大きく映されていた点も気になるところです。
 後にアリスと精神科医がホテルのロビーで会話する場面では、二人の間にランプ・シェイドのようなものがいくつも影を落としています。これは植物の葉のようです。 『キャット・ピープル』 1942 約53分:ホテルのロビー+植物の葉の影
またこの場面では、奥の方にフロントがあり、訪れた女性の黒服と対応する受付員の白いブラウスとの対比が印象的でした。後半でヒロインがもっぱら黒い服をまとう点からして、衣装の選択にあたっても明暗の設計が配慮されていたと見なせそうです。 『キャット・ピープル』 1942 約54分:ホテルのロビー 右奥のフロントをはさんでそれぞれ黒と白の服の人物
『キャット・ピープル』 1942 約43分:石垣沿いの歩道  話を戻すと、アリスが帰宅しようと退社する場面では、向かって右側に石垣がずっと続いています。間隔を置いて街灯が設置されているのですが、そのため明るい部分と暗がりが生じることになる。まずはアリスと彼女をつけるヒロインが奥から手前に出てきて、
『キャット・ピープル』 1942 約43分:石垣沿いの歩道+街灯 それから石垣と平行に左から右へ進みます。歩みはけっこう速い。次いで二人の足もとだけが映され、また全身で、その後アリスだけになる。上下を縦断する街灯をはさみつつ、光のあたるところと暗がりも画面全体に及びながら交互に現われ、暗い時はほとんど真っ暗になってしまいます。ここが第一の山場でした。
 第2の山場は屋内プールです。ロッカー室で灯りを消すと、戸口の向こうだけが明るくなります。そちらには上からおりてきた階段がのぞいていて、壁に手すりの影が落ちています。この眺めは独立したショットにまで昇格する。踏面は明るく、蹴上げは暗い。手すりの影はずいぶん大きい。手前にガラス扉があるのでしょう、細い白の格子によって区切られています。両脇は暗い面のひろがりです。 『キャット・ピープル』 1942 約51分:屋内プールへの階段
 怯えたアリスはプールに飛びこみます。壁一面にゆらゆらと揺れる水影が、明るく、暗く波打ちます。壁は上半分が明るく、下半分がやや暗いというものです、昇降用梯子の手すりの影が大きく映っています。
『キャット・ピープル』 1942 約51分:屋内プールの壁+手すりの影 『キャット・ピープル』 1942 約51分:屋内プールの角、壁と天井
立ち泳ぎするアリスをカメラは上から見下ろし、画面は水面で占められる。安定感を脱臼させようということなのでしょう。
 居間でソファにつっぷすヒロインを映した場面でも、明暗の配分はかっこうがいい。 『キャット・ピープル』 1942 約59分:居間のソファ
ヒロインは黒服をまとっており、部屋を出る夫の影が彼女の上を横切ります。また夫、アリスと医師が部屋を出る場面でも、灯りを消した途端、影が浮かびあがります。
 とこうして第3の山場、今度は会社です。夜で灯りは必要ものだけにかぎられており、影と面の交錯がきわめて錯綜しています。 『キャット・ピープル』 1942 約1時間2分:夜の事務室
やはり光は横か下から当てられているかのようです。 『キャット・ピープル』 1942 約1時間4分:夜の事務室+椅子の影
 壁に定規が並べてかけてあり、その間に三角定規の、こちらは影だけが映っています。 『キャット・ピープル』 1942 約1時間4分:夜の事務室+壁にかけた定規、三角定規の影
忍び寄った黒豹に夫が定規をかざせば、床に十字架の影が落ちるのでした。 『キャット・ピープル』 1942 約1時間5分:夜の事務室+十字架状の影
 黒豹は退散したのか、沈黙が漂います。左に寄せて夫とアリス、画面の大半を壁が占め、掛け金具が規則的に配されている。壁は明るく照らされ、画面の縁は暗い。下方にのぞくテーブルの上面が反射のせいか、やはり明るい。カメラはここでも少し斜めでした。
 二人は大丈夫そうだと、事務室を出てビルの1階玄関広間に急ぐ。以前の場面で、事務室の壁に放射状の円弧と直線の影が映っていたのですが、事務所を出た空間の柱の脇で、放射状の線を伴なう楕円だか長円を上下に重ねた影が落ちています。 『キャット・ピープル』 1942 約1時間5分:ビル、事務所の階のロビー+楕円の影
さらに右の方では明るい部分、半明の部分、半暗の部分が配されている。
 事務所の階から1階への階段では、まず二人の影だけが映り、次いで実体が現われます。 『キャット・ピープル』 1942 約1時間6分:ビル、一階への階段+二人の影
1階には先の楕円だか長円の実物があり、半分になったその影も見えます。
 向かう先は出口で、柱をはさんで左に回転ドア、右にエレヴェイターの扉が見えます。カメラは上から手前の床も大きくとりながら少し斜めにとらえる。やはり明暗の区分が空気の感触を伝えます。そんな中、回転ドアがゆらりと回っている。たまりません。 『キャット・ピープル』 1942 約1時間6分:ビル、一階のロビー 回転ドアとエレヴェイター
 第4の山場はヒロインのアパートで展開します。駆けつけた夫とアリスは、まず始めの方で登場した階段をのぼります。踊り場の奥の壁にも手すりがあるように見えたのが、踊り場の手前に、短く水平の手すりが渡されていて、その影が壁に映っていたことがわかります。また床に接する小柱の下部分は捻り柱なのでした。
 カメラは階段のより正面寄りに移ります。手すりの柱がいずれも白く輝いています。階段下、手前の壁には大きな壺状の影が、また階段上の壁には波打つ影が映っている。 『キャット・ピープル』 1942 約1時間7分:アパートの階段+壺の影
 さらに上階にあがると、手すりの曲がる部分に設けられた小柱には、頂きの部分からさらに細い柱が上の方へ伸びています。光は下から当てられているのでしょう。壁に手すりの影が大きく浮かんでいます(追補;右に引いた画面は少し前の場面から。小柱から伸びる細い柱は、『偉大なるアンバーソン家の人々』で見られたものです→「四角錐と四つの球 - 怪奇城の意匠」の頁も参照)。 『キャット・ピープル』 1942 約1時間2分:アパートの階段、上階附近
夫とアリスが上階へ急ぐ一方、ヒロインは物陰に隠れてやり過ごし、階段をおりていくのでした。

 映画の冒頭が公園だか動物園の黒豹の檻の前から始まり、アパートの階段に移ったのを反転するかのように、物語の結末はアパートの階段から公園だか動物園の黒豹の檻の前に戻ります。冒頭は明るい昼間でしたが、結末は夜、しかも霧で白く微光を放っているのでした。
『キャット・ピープル』 1942 約7分:アパートの居間 背後の壁にゴヤの《マヌエル・オソーリオ・デ・スニガ》 『キャット・ピープル』 1942 約1時間8分:アパートの居間 壁にゴヤの《マヌエル・オソーリオ・デ・スニガ》
追補;例によってまるっきり気がついていなかったのですが、下掲の Beverly Heisner, Hollywood Art (1990) によると、本作にはメトロポリタン美術館にあるゴヤの右の絵が登場します。アパートの居間の壁にかけられていたのでした。絵の左下部分、ペットの鳥を狙う猫たちの様子が(細部は→こちら)、ヒロインと小鳥の関係に対応しているとのことです(p.252)。
 左上で引いた場面は映画の始めの方で、絵の全体はきっちり映らない。ただ絵の中の猫たちや鳥を描いた部分と、その前に立つヒロインが重ねあわされています。右上に引いた映画の終わり近くになって、絵の全体が映されますが、ただちに揺れ動く影に覆われてしまいます(→「怪奇城の画廊(完結篇)」の頁でも触れました)。
 これまた忘れていましたが、一応の続篇である 『キャットピープルの呪い』(1944)にも同じ絵が登場します(→そちら)。
ゴヤ《マヌエル・オソーリオ・マンリケ・デ・スニガ(1784-1792)》 1787-88
ゴヤ(1746-1828)
《マヌエル・オソーリオ・マンリケ・デ・スニガ(1784-1792)》
1787-88

* 画像の上でをクリックすると、拡大画像とデータの頁が開きます。
Cf.,

 美術監督をつとめたアルバート・S・ダゴスティーノとウォルター・E・ケラーはRKOのヴァル・リュートン製作作品では他に;

私はゾンビと歩いた!』(1943)、
キャットピープルの呪い』(1944)、
死体を売る男』(1945)、
吸血鬼ボボラカ』(1945)、
恐怖の精神病院』(1946)

 などに続投しました。
 またダゴスティーノはこれ以前にユニヴァーサルで;

大鴉』(1935)、
倫敦の人狼』(1935)、
透明光線』(1936)、
女ドラキュラ』(1936)

 を、 同じくRKOで;

偉大なるアンバーソン家の人々』(1942)、
らせん階段』(1945)、

 などに携わっています。

Beverly Heisner, Hollywood Art. Art Direction in the Days of the Great Studios, 1990, pp.251-253, etc., & pp.329-330(フィルモグラフィー)
 その内本作について;pp.251-252

マーク・ジャンコヴィック、『恐怖の臨界 ホラーの政治学』、1997、pp.90-99

デイヴィッド・J・スカル、『モンスター・ショー 怪奇映画の文化史』、1998、pp.253-256

スティーヴン・キング、安野玲訳、『死の舞踏 ホラー・キングの恐怖読本』、バジリコ株式会社、2004、pp.230-234
原著は
Stephen King, Danse macabre, 1981

 同書から→こちらでも挙げています(『たたり』(1963)の頁)

結城秀勇、「048 キャット・ピープル」、『映画空間400選 映画史115年×空間のタイポロジー』、2011、p.48

鈴木了二、「二人のジャック論 ターナーとロジエ 恋と銃撃のエネルギー」(→こちらに「内と外」として初出(2011))、『マテリアル・サスペンス 建築映画』、2013、pp.240-248

岡田温志、『映画は絵画のように 静止・運動・時間』、2015、pp.63-66

José María Latorre, El cine fantástico, 1987, pp.137-164 : "Capítulo 10 Los años 40 y retrato de Jacques Tourneur", "Capítulo 11 Entre panteras y zombies"

Jeremy Dyson, Bright Darkness. The Lost Art of the Supernatural Horror Film, 1997, pp.97-122

Kim Newman, Cat People, (BFI Film Classics), British Film Institute, 1999 / 2013
 序//
『キャット・ピープル』;ドル=本・フロイト/キュートに出会う/良きジョン王/C.R.クーパー船舶建造会社/猫とカナリヤ/「
私の姉妹、私の姉妹(Moia sestra, moia sestra)?」/闇の中の貴婦人/嫉妬/「一匹の猫こそが私の墓の上を歩む」/YWCAにて/「彼女は私たちに決して嘘をつかなかった」/『キャットピープルの呪い』//
跋:『キャットピープルの呪い』
など、
96ページ。


 一応の続篇にあたる『キャットピープルの呪い』(1944)についても記しているので、当該作品の頁にも挙げておきます(→こちら
 同じ著者による→そちらを参照:「怪奇城の外濠」の頁の「iii. 怪奇映画とその歴史など
 BFI Film Classics 叢書から、本サイトで挙げたものの一覧→あちら:「怪奇城の外濠」の頁の「iii. 怪奇映画とその歴史」中の「洋書類」の末尾


Jonathan Rigby, American Gothic: Sixty Years of Horror Cinema, 2007, pp.225-228

Jonathan Rigby, Studies in Terror. Landmarks of Horror Cinema, 2011, pp.66-67
おまけ

David Bowie, Let's Dance, 1983(邦題:デビッド・ボウイ、『レッツ・ダンス』)(1)
1. 『フールズ・メイト』、no.27、June 1983、p.76。
 のB面3曲目、
“Cat People (Putting out Fire)”(邦題「キャット・ピープル」)
 は、もともと再製作版『キャット・ピープル』(1982、監督:ポール・シュレーダー)の主題歌(作曲:ジョルジオ・モロダー、詞はボウイ)とのことです。


 →こちらも参照(『ハンガー』(1983)の頁)

  
 2014/11/22 以後、随時修正・追補
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